2011年大会及び2012年大会において、5区の2.5キロ地点にある旧小田原中継所のポイントから、箱根芦ノ湖までの個人タイムを計測し、旧5区(20.9キロ)のタイムとして、当HP上に公開していますが、今回その計測したポイントを詳しく検証してみました。
「旧小田原中継所としたポイント」について、その場所の写真も交えてお伝えします。
私が「旧小田原中継所としたポイント」の場所を検証する事になったのは、東洋大の柏原選手の4年生の時の記録が理由でした。
4年生の時の柏原選手は現在の5区23.4キロを1時間16分39秒で走っています。
この時、私火川勇気が、現在の2.5キロ地点にある「旧小田原中継所としたポイント」から箱根芦ノ湖までの柏原選手の20.9キロのタイムを計測した結果、そのタイムは1時間09分23秒でした。
この1時間09分23秒というタイムは、旧5区で2005年に順天堂大学の今井選手が残した区間記録である1時間09分12秒からは11秒遅れでした。
しかし、陸上競技の専門誌である、「月刊陸上競技」の2012年2月号の19ページには、4年生の柏原選手は今井選手の1時間09分12秒とくらべて、「数秒遅れるだけのタイムで山を駆け上がった」という表現がされています。
「数秒」という言葉の意味を調べると、「何秒間かの間」と出てくるので、11秒もそこに含まれるのかもしれませんが、一般的なイメージで数秒と言えば、1秒〜9秒だと感じてしまいます。10秒以上なら「十数秒」と表現するのが一般的です。
もし本当に1〜9秒だとすると、私の計測したポイントは、最低でも2秒以上間違えているという事になります。
そこで「旧小田原中継所としたポイント」まで行き検証してみました。
まず、私が「旧小田原中継所としたポイント」とは、上記の写真にある国道1号線上にある駐車禁止の標識の前の事です。
駐車禁止の標識の前を選手が通過した瞬間から、箱根芦ノ湖のゴールに到着した時間までのタイムを、旧5区20.9キロのタイムとして当HP上にのせています。
2011年の柏原選手の1時間10分47秒(今井選手から1分35秒遅れ)も、
2012年の柏原選手の1時間09分23秒(今井選手から11秒遅れ)も、上記の駐車禁止の標識前からの計測です。
今回は、その駐車禁止の標識の場所を検証してみました。
写真1 駐車禁止の標識と同じ位置にバイクを停めてみました。
写真2 角度を変えて撮りました。標識と同じ位置にある事がわかります。
写真3 さらに角度を変えて写真を撮りました。
2005年までの箱根駅伝のテレビ放送ではおなじみの角度だと思います。
写真4 選手達で言うと、進行方向の左後方に当たる方向の写真です。車が停まっていて、建物が見えます。
写真5 写真4の位置から、停まっている車や建物の方向に近づいてみました。建物は特徴のある形をしている事がわかります。
写真6 写真1〜4でバイクが停まっている位置に立ち、進行方向の写真を撮りました。
個人的な意見ですが、私の計測したタイムが2秒以上間違えているとは思えませんでした。間違えていてもコンマ何秒の世界だと思います。
2005年大会や、2004年大会の箱根駅伝のテレビ放送の録画をお持ちの方でしたら、上記の写真と録画を見比べていただければ、私が「旧小田原中継所としたポイント」が、正しいのか、間違えているのか、誤差がどれくらいなのか、わかると思います。
ちなみに誤解なきように言っておきますが、私は「月刊陸上競技」が大好きです。陸マガと迷った時は大抵ゲツリクを買います。内容がより専門的な気がするからです(箱根駅伝のガイドブックとか)。
またゲツリクは、2009年の東洋大初優勝の時に、優勝に多大な貢献をした1年生の柏原竜二選手を、「優勝」かなえた「東洋の竜神」、という名言で表したのも良かった。あれは言葉のセンスの良さに感動しました。
後のテレビ放送で呼ばれていた「山の竜神」の原型かと思います。
上記写真1〜6ですが、写真4と5の間には10分間ほど時間が空いています。なぜなら、鈴廣の従業員の方が出てきて、「どうぞバイクはこちらにお停め下さい」と別の場所に誘導されてしまったからです。
さらに、「あちらにトイレもありますし、山に行く前に休憩に是非お寄りください」と、すすめられた為、しばらく道路の向かいの鈴廣の店舗に入っていました。鈴廣の方は親切でした。